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2008年05月 アーカイブ

2008年05月31日

PICK UP ARTIST〜原田知世

昨年末に5年振りの新譜『music & me』がオリコン26位にランクインし相変わらず代官山町?辺りではお洒落な“ありふれていないJ-pop”シンガーとしての地位を確立している原田知世。『時をかける少女』『私をスキーに連れてって』と日本の映画史に輝くメガヒット作に主演、その後も良質な映画だけに出演する女優としてimageを保ち、現在も毎日ブレンディのTV-CMでお茶の間にさり気なく浸透するなど世代を超えた抜群の知名度を誇りながら、バラエティーやワイドショーには全く登場しないことで現代では最早存在が不可能になりつつある、昔ながらのnobleな映画女優というポジションを容易く手に入れている稀有な存在の彼女。 その音楽活動は、パトリック・キャンベル・ライオンズのニルヴァーナ級の良質で最高にお洒落なポップ・ロック作品を永年に渡って連発し続けており、常に高い評価を得ています。然し、97年にトーレ・ヨハンソンら北欧のスタッフを迎えたアルバム『Flowers』がオリコン5位、『I could be free』が同10位を記録するなど好セールスを得ているにも拘わらず、原田
知世の知名度が高いにも拘わらず、作品のquality、そして評価が非常に高いにも拘わらず、歌手『原田知世』としての活動が余り一般に浸透してはいない点が、またより一層コアな音楽ファンのマニアックな心理をくすぐっているとも言えるでしょう。
原田知世の作品は恐るべきことに駄作が存在しない事もあり新たに彼女の音楽を“発見”し、その魅力に取り憑かれた若い音楽ファンが原田知世作品のコンプリートを目指すというケースも多いわけですが…やはり初期作品はオリジナルLPで手に入れておきたいものです。
残念ながらCDをラジカセやミニコンポで聴くというレベルでは、歌詞、メロディー、リズムを辛うじて判別出来るくらいにしか音楽は鳴ってくれず、結果的に興味の対象は歌詞、メロディー、リズムの違いのみに限定されてしまい良質の音楽作品の持つquality、moodは伝えることが出来ません。それは良質の音楽と、そうでないものとの区別がつかず、本当に大切な良い音楽との出逢いを恐ろしく遠回りなものにしてしまうでしょう。
やはり、良い音楽と向き合う為には最低限必要なレベルのオーディオシステムを手に入れる事が不可欠であります。部屋にレコード・プレイヤーを置く為のスペースを見つける事は、おのずとアンプやスピーカーのいるべき場所を見つけるきっかけとなり、デスクやクローゼットの上に無造作に置かれたラジカセやミニコンポとは違って、部屋の中で音楽が主役となって必ず、心を満たしてくれることになるのです。
そうした音楽のある生活に原田知世は欠かすことの出来ない空気のような存在であると言い切ってしまったとしても、決して過言ではないと賛同して頂ける音楽ファンが多くいらっしゃることと思います。
原田知世というシンガーが際立って他と決定的に異なるのは、やはりその素晴らしい声質であることは間違いありませんが、大歌手と呼ばれる人達に共通することですが、やはりファーストアルバムというのはその歌手の声が最も魅力的なありのままの状態でpackageされていると思って間違いないでしょう。
原田知世『バースデイ・アルバム』(東芝EASTWORLD WTP-40188)ではその鈴の音のような“声”の再生に注力して頂きたい。この“声”が余裕をもってカッティングされた五曲入りLPの価値を決定づけていると言えます。
映画のサントラ的なimageを持たせたアルバムであり、アレンジもアイドル歌謡とは明らかに一線を画したニルヴァーナライクなポップな作品はユーミンの曲が大半を占めていますが、それ程歌が上手くはないし声も可愛くはないユーミン本人の歌唱がinnocentな曲の魅力と明らかにミスマッチであるのに対し、中学を卒業したばかりの少女がおそらくユーミン歌唱のデモテープを頼りに音程が不安定になるところまでそっくりに歌ったにも拘わらず、余りにも曲とシンガーがフィットしている為、原田知世の「時をかける少女」「守ってあげたい」を聴いたあとにユーミンのそれを聴くとその違和感と耳心地の悪さに愕然とすることになります。ユーミンの曲のimage通りのシンガーであることは後の『私をスキーに連れてって』の主演時に原田知世自身の提言により主題歌にユーミン曲(ユーミン本人歌唱)が採用され映画のimageが固まったというエピソードからも伺えますが、ユーミンと原田知世のコラボであるこの作品はぴったりハマっていると思います。大貫妙子作の「地下鉄のザジ」も秀逸。大貫作品もその後のアルバムで多く採用されており歌手・原
田知世のimage構築の重要な要素となっていきます。このように当初から一貫したimage戦略が用いられていたことが良質な音楽作品を生み出し続けていく要因になっていると思われます。
一年後、やはりバースデイに発売されたセカンドアルバム『撫子純情』(ソニーKADOKAWA 18AH2002)は坂本龍一のプロデュースにより大貫妙子、橿渕哲郎、白井貴子、南佳孝らが曲を提供。やや平凡かと思えるようなポップな曲でも音は低域がしっかりした重たいアレンジ。この頃の原田知世は音程に安定感があるものの間違っても熱唱するタイプではなくTV等の音声では声質の良さも余り伝わらず、またデビュー当初に出演した歌番組で緊張したのか音程を外してしまい一般的に力量のあるシンガーであるとは思われていなかったようですが、彼女の声は際立った通りの良さがあり、このレコードでは重たいアレンジに埋もれてしまうことなく可憐なヴォーカルが粒立ちも良くしっかりと存在感を示しています。これはヴォーカリストとして最も重要な素質であり多彩なアレンジに対応出来る可能性を示しています。
ラジカセやミニコンポ、TVの貧弱な音声ではプログレッシヴなハードロックからアコースティックでクラシカルなバラードまで多彩な楽曲を自在に制御し日本を代表する歌手である女王浜崎あゆみも凡百のJ-pop歌手もそれらしく歌っていれば大差無く聴こえてしまいますが、本格的なオーディオ装置で再生し声の正確な質感、唇の動き、各楽器パートに対するヴォーカルパートの存在感、音楽を作り上げいくスタッフの静かな熱気までも含めたスタジオの空気感全てが露わになった場合、本物とそうでないものとの差に初めて愕然とするわけです。美空ひばり、浜崎あゆみという本物から、フェイクのimitationなものまでが玉石混淆となっているこの国のシーンに於いて売れる売れないに拘わらず違いがわかる音楽ファンに向けた作品を作っていこうという90年代以降の原田知世のアルバムに共通する音楽と向き合う姿勢の萌芽をこの六曲入りのミニアルバムから発見出来るでしょう。
大ヒットシングル「天国に一番近い島」も林哲治作曲、荻田光雄編曲により当然アイドルポップの枠には入りきらない佳作となっています。
翌85年のバースデイ・アルバムである『パヴァーヌ』(ソニーKADOKAWA 28AH2008)では荻田光雄アレンジのWater Sideと井上鑑アレンジのLight SideにLPの両面を振り分けたコンセプトアルバム。作曲陣は橿渕、大貫、中崎英也(!)、加藤和彦、伊藤銀次、REIMY、大沢誉志幸ら…。Water Sideのアレンジは瑞々しいアコースティック感と幻想的なプログレ色を感じさせますが、中でも原田知世の声質を生かした「紅茶派」は日本のプログレッシヴ・フォークロックの傑作。続けてシングルver.よりやや格調高くシンフォニックにアレンジされた「早春物語」に切り替わる辺りの展開はベガーズオペラ『Pathfinder』の「Hobo」から切り替わって「Macarthur」のイントロが始まる辺りの感動に匹敵しうる息を呑む結構な聴き処。スタッフもそして原田知世自身もまた、この傑作と思しき楽曲に対する満足感が更なる良質のポップ音楽を追求していく原動力に繋がっていったように思われます。
このアルバムまでは女優が本業でありシングルリリースも映画に連動したものでしたが翌年以降、歌手としての活動に重点を置くことになるわけですが、原田知世も含め82年に大量にデビューした松田聖子フォロワーのアイドル達が、そろそろ可愛いだけでは続けていけない時期に差しかかったこと、サウンドを売りにした本格志向のアイドルグループ少女隊の出現(現代に続くアキバ文化、通を自認するアイドルヲタの志向性に着火した点、アジアに進出しJ-popの橋頭堡を築いた点、そしてサウンド自体が90年代のフィーメル・ポップ・ロックに多大な影響を与えた点等、このグループはJ-popの歴史上最重要)によりアーティスト宣言するアイドルも登場し、元々アイドル歌謡の範疇にない原田知世は更に音楽性をシフトすることになります。
それは、少なくともそれまで日本の狭い狭いメジャーシーンに存在したブルース色の濃いハードロックとは異なり、クールでシリアスな質感を持ったプログレッシヴ・ロックナンバー「雨のプラネタリウム」であり、あの《時をかける少女・原田知世》がシングルリリースしてTVで歌う衝撃の映像としてお茶の間でポテチでも食べながら何の緊張感もなくテレビを見ていた一部の音楽ファンのアンテナを強く揺さぶってしまう事になったのです。
《続く》

プログレッシヴ・ロックのファンの皆様方は非常に真剣に音楽と向き合っておられる方々が多いと聞きます。この文章は最近よく使われる比喩に例えたならば近所のコンビニにカップラーメンを買いに行く時と同じレベルの緊張感で書かれております。毎日眉間に皺を寄せて音楽と対峙していらっしゃいますときっと体に毒ですよ。是非リラックスして原田知世さんを聴きましょう。原田知世のある音楽生活は、速やかに部屋の隅々に浸透しあなたの心を穏やかに鎮めてくれることでしょう。

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